第34回目を迎えた世界最大の野外無料ブルースフェスティバル「シカゴ・ブルースフェスティバル」が、6月9日から11日の間、ミレニアムパークで行われた。この3日間はシカゴで今年最高気温を記録する真夏日。それでも、雷雨などの荒天で中断されることもなく野外のフェスには最高の日和だった。 なんといっても特筆すべきは、会場がこれまでのグラント・パークからミレニアムパークに移ったこと。実は、毎年秋に開催される「シカゴ・ジャズフェスティバル」も同様のプロセスを経て一足先に2013年からこの会場に移転しており、今ではすっかり定着している。
クラウドゲイト(通称“ビーン”)後方のプロムナードをはさんで、「バドワイザー・クロスロードステージ」と「ミシシッピ・ジュークジョイントステージ」の二つのステージ、そしてメイン・パヴィリオン裏、ハリスシアターのルーフトップには「フロントポーチ・ステージ」が設置された。会場がより街の中心部に近づいたことで、メイン通りのミシガン通りからもブルースの音色が漏れ聴こえ、道行く観光客が音楽に惹かれて会場にふらふらと入っていく姿も見られた。そういう意味では、ブルースを知らない人でも気軽に入っていけるようになったのがプラスポイント。
一方で、会場の規模は全体的にかなりコンパクトになり、互いの会場から聞こえる音楽が混ざりあうのは少し残念だった。古いブルースファンや一部ミュージシャンからも、「昔のストリートの風情を残すグラントパークが懐かしい」、「コンパクトすぎて窮屈」という声も上がっていたのは事実。しかし、ジェイ・プリッツァー・パビリオンの素晴らしい音響設備には評価が集中していたし、市内からのアクセスやトイレ事情も格段に良くなったこと、例年長蛇の列に悩まされる手荷物チェックがなくなった手軽さに満足する声も多かった。
さて、そんな記念すべきミレニアムパークでの初回ブルースフェスティバル、以下、全ては回りきれなかったものの、抜粋してプログラムとアーティストを紹介しましょう。
6月9日(金曜日:Day1)
The Mike Wheeler Band
シカゴで一番忙しいギタリスト&シンガー、マイク・ウィーラー(右)は、この日も愛妻を前に熱唱。
Henry Gray & Bob Corritore
92歳の現役ピアニスト、ヘンリー・グレイの確実かつ軽やかなプレイ。“ブルースピアノとは何ぞや”を音色で語ってくれる、稀有な存在だ。これまで数えきれないほどのブルースマンたちと演奏を共にしてきた偉大なピアニスト、ヘンリー・グレイは、1940~50年代にはシカゴを拠点にハウリン・ウルフ、ジミー・リード、ボ・ディドリー、ビリー・ボーイ・アーノルド、などとのレコーディングに参加。現在フェニックスで活動するシカゴ出身のハーモニカプレイヤーでありプロデューサーのボブ・コリトーらが、がっしりと演奏を支えた。
Tribute to Barrelhouse Chuck featuring Billy Flynn, Johnny Iguana, Roosevelt Purifoy and Piano Willie OShawny
2016年12月に、58歳という若さでこの世を去ったブルースピアノの第一人者、バレルハウス・チャックのトリビュートステージ。バックを支えるのは、ギターの名手、ビリーフリン、重鎮ベーシスト、ボブ・ストロジャー、ドラムの申し子、ケニー・スミスの鉄壁バンド。
バレルハウスとの想い出を語る、ジョニー・イグアナ。若干23歳で故ジュニア・ウェルズのバンドピアニストに引き抜かれた名ピアニストの指がKeyに炸裂。
ルーズベルト・ピュリフォイ のエモーショナルなプレイ。幼い時から教会でゴスペルを演奏していた彼のピアノは、技巧に走らず物語り性に冨み、深く人々のハートに沁みいる深い音がする。
John Primer and The Real Deal Blues Band
初日のメインステージ。記念すべき新会場でのトップを切ったのは、やはりこの人。シカゴの伝説、ジョン・プライマー。マディー・ウォーターズのバンドギタリストとして知られ、同時に優れたヴォーカリストとしても定評がある。カントリーからロックまで、そのレパートリーの広さには業界でも驚きの声が上がる実力者だ。
Celebrating 40 Years: Billy Branch & The Sons of Blues with special guests Lurrie Bell, Freddie Dixon, J.W.S. Williams, Carlos Johnson, Carl Weathersby, Bill McFarland and Chicago Fire Horns and Mae Koen & The Lights
初日のトリは、「ビリー・ブランチ&サンズ・オブ・ブルース」結成40周年セレブレーション。SOB's結成は1970年。偉大なベースプレイヤー、ウィリー・ディクソンの息子、フレディ―・ディクソン、ハーモニカ・レジェンド、ケアリー・ベルの息子、ルリー・ベルと共に「Sons of Blues」として活動を開始。それから幾度となくメンバーの入れ替えはあったものの、40年の間、シカゴはもちろん世界各国の第一線で常に活躍、不動の地位を確立した。この日は、フレディー、ルリーのオリジナルメンバーに加えて、J.W.ウィリアムズ(bass)、カルロス・ジョンソン(Gt.)、カール・ウェザーズビー(Gt.)など、往年の在籍メンバーが次々と登場しての豪華なステージとなった。
(左)ビリーブランチとルリー・ベル
カルロス・ジョンソンの情熱のサウスポーがうなる。
現在在籍メンバーの中では最古参となったベテランピアニストの有吉須美人(Ariyo)。
(左)ギタリストとして過去にSOB'sに在籍した丸山実(Gt.)と、”大将”と久々のスリーショット。
(下)シカゴのオールスターが揃った豪華なカーテンコール
6月10日(土曜日:Day2) ブルースフェス二日目は、朝から30℃超えの蒸し暑さ。土曜日とあってフェスの人出は一気にふくらみ、各会場はウチワを仰ぎつつ食い入るように見つめる熱いファンで埋め尽くされた。
Chicago Wind with Matthew Skoller & Deitra Farr
ハーモニカのマシュー・スコラーのリーダーバンドに、シカゴを代表する女性ボーカリスト、デイトラ・ファーをフューチャーして今年から本格始動したスペシャルユニット、「シカゴ・ウィンド(Chicago Wind)」。気心の知れたメンバーたちの奏でる音は安定感抜群で自然と体がグルーブを始める。朝一番の出番だったにもかかわらず、早くも会場はヒートアップ。
Christone “Kingfish” Ingram
ミシシッピからの若き”刺客”18歳のキング・フィッシュ。はみださんばかりのエネルギー。あまりの爆音にたじろいだくらいだ。
Lynne Jordan & The Shivers
リン・ジョーダン
Panel Discussion: Mississippi Blues Trail 10th Anniversary with Jim O’Neal, Dr. Edgar Smith, Scott Barretta and Alex Thomas
二人のブルース専門家が、ミシシッピブルーストレイルを語る、パネルディスカッション。当フェスのいいところは、音楽演奏だけでなくこのような専門的なトークやインタビューに耳を傾ける機会があることだ。
Jimmy Johnson Band
そしてこちらは88歳でバリバリ現役のジミー・ジョンソン。彼の演奏は、いつ聴いても心が揺さぶられる。スペシャルゲスト・ギタリストは、こちらも名手、リコ・マクファーランド。
Big Bill Morganfield
マディーウォーターズの息子、ビッグ・ビル・モーガンフィールド。 Ariyoは彼のピアニストにも指名されていて、今フェス中はまさに休む間なし。
ダンスを楽しむサークルも、毎年ブルースフェスティバルの風物詩
“シカゴで一番家庭的なブルース・バー”「Rosa's Lounge」のテントでは、世界から集まった腕に自信のあるブルースミュージシャンたちによる熱いジャムセッションが繰り広げられていていつも黒山の人だかりだ。オーナーのTonyのブルース愛を感じる。
Nellie Tiger Travis
今一番のっているシカゴのブルース&ソウルシンガー、ネリー・トラヴィス。女性ボーカリストとして実力・人気ともシカゴ随一。ステージ狭しと動き回り、ついには客席に降りての熱唱に人々は熱狂。
William Bell
メンフィス生まれの76歳。名門レーベルStax( スタックス)アーティスト、玄人好みのサザンソウル・レジェンド、ウィリアム・ベル。デビュー曲「ユー・ドント・ミス・ユア・ウォーター」多くのアーティストに愛されカバーされている。深く趣のある歌声がパビリオンに流れ、シカゴの夜景が目の前に広がると何とも言いがたい感動が。
6月11日(日曜日:Day3) この日、テントを揺るがせた二人のディーヴァを紹介しよう。
Denise LaSalle
1939年、ミシシッピ州生まれ、「サザンソウルの女王」、デニス・ラサール。1971年に発表した「Trapped by a Thing Called Love」が全米R&Bチャート1位を獲得。2011年に、ブルースの殿堂、2015年、リズム・アンド・ブルースミュージックの殿堂入りを果たす。 歩行が辛そうな彼女が支えられてステージにあがると、テント中の群衆が一斉に立ち上がって大歓声&狂喜乱舞。カメラマンでさえしばし呆然と彼女を見つめていたのが印象的だった。最初の一声を発したその瞬間から、女王の貫禄、オーラがみなぎっていた。こんな歌手が現役で活躍していること自体が、アメリカの宝だと思える。 (※2018年1月没)
Melvia “Chick” Rodgers
小柄ながらド迫力の歌唱を聞かせるソウルの歌姫、チック・ロジャース 。ブルースの女王、故ココ・テイラーにして「これほど歌える女性歌手はいない」と言わしめた秘蔵っ子だ。ブルースはもとより、アレサ・フランクリンやキャロル・キングなど、なんでも自分自身の歌にしてしまえる実力派。
Shoji Naito & the New Cool Old School
ギタリスト&ハーモニカプレーヤーのShoji Naito率いるバンドは、古き良き時代の”オールド・スクール”をたっぷりと聞かせてくれた。昔、誰かの家で仲間と集まって奏でた音楽の匂いがする。そんな朴訥としたサウンドに惹かれてテントを訪れた観光客が思わず踊り出す。
<Jay Pritzker Pavilion>
Gary Clark Jr.
今年のブルースフェスの大トリは、テキサス生まれのカリスマ・ギタリスト、ゲイリー・クラーク・ジュニア。フュージョン、ブルース、ファンク、ロック、ヒップホップ、などを取り混ぜた独特の音楽スタイルでまさにカリスマ的人気を誇る新世代ブルースミュージシャン。長くブルースフェスティバルを見てきたが、この人ほど若い女性ファンの黄色い声を浴びたアーティストは初めてかもしれない。若い層から年配まで、幅広い層から熱烈に支持される彼の演奏は、MC一切なしでたっぷり90分。ぐいぐいと彼の世界に引き込まれ、ただ圧倒された。
3日間でや約50万人を集めたブルースフェスティバル。新しい会場での新たな幕開けにふさわしい、バラエティに富んだ充実した内容だったように思う。土埃が舞い、フード屋台やクラフトの店がズラリと並ぶ旧グラントパークの会場が懐かしくない、といえばうそになるが、そうやって少しずつ時代に合わせて変わっていかなければならないのかもしれない。熱く燃えた観客たちは、それぞれの想いを胸にどのアフターフェスに向かったのだろうか・・・。今年も、シカゴの夜は終わらない。
今年も勇気をありがとう、シカゴブルース。See you next year!
※この記事は2017年3月に「US新聞ドットコム」のコラムに掲載された記事に加筆・修正したものです。
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